●狩人が実在することの驚き
物語の中にしか存在しないと思っていた狩人が本当にいるんだということが、驚愕の事実だ。 外の気温は零下20度を下回り、簡単な外出でさえも、一歩間違えれば死を招きかねない過酷な環境で、ノーマンは暮らしている。
罠を仕掛け(狩人はトラッパーと訳す)獲物を獲り、いちばん近いドーソンの街まで犬ぞりを3日走らせて毛皮を売って生計を立てている、
究極のスロー・ライフの体現者。「自然を必要以上に畏怖してはならない」と彼は言う。なぜならば、自分もまさに自然の一部であるからだ。 |
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●フル・ライフと現代人の非日常感
大自然の中では、自分の五感をフル回転させ続けなくては生きていけない。自然に対して甘えや妥協を見せることは即、死に繋がる。
そんな過酷な状況下での生活を、彼は"フルライフ"と呼ぶ。一度フルライフに身を投じると、それから離れられなくなる中毒性があるらしい。単調な日常の繰り返しから、最も離れた暮らしだ。
人は本能的にフルライフを求めるものなのかもしれない。 「死の危険がない山には登らない」というトップ・アルピニストの言葉も、そう考えると納得できる。
昨今、若い世代を虜にしている野外ロック・フェスティバルに参加すれば、豪雨の中、傘をささずに行動しなければならない。
無論、ノーマンの言うフルライフとはかけ離れたレベルであるが、都市生活では絶対に体験できないフルライフ"的"な時間が、そこには確かに存在する。
それを希求する人たちの無意識の欲求が、現在のロック・フェスティバルの隆盛につながっていると言ったら言い過ぎか。 |
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●パートナーシップ
当然、そのような環境下では人だけで生きていくのは不可能だ。ノーマンは犬ぞりを引く犬たちとスキンシップをはかり、信頼関係を構築していく。
ノーマンを見つめる シベリアン・ハスキーの碧眼の美しさはこの映画の見どころの一つ。犬も人に寄り掛からなければ生きていけないわけで、
この状況で人と犬との間に存在するロイヤリティ、そして絆は、不可視なものであるのが不思議なくらい、強くスクリーンを通して伝わってくる。
そんな関係を都市で築くのは難しい。でも不可能ではないのではないか。仕事相手、恋人、夫、妻…。その人にとってのパートナーと、理想的な関係を築くヒントが、フルライフには詰まっている。そう感じた。
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